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2007年08月25日 (土) | Edit |
さて2日目です。

何度も来ている場所ですので、これまで行ったことのない所に
行くことにしょう、とその朝決まりました(なんて無計画な)。
というわけで第一弾は。。
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下々のものよ~ 我にひれふすケロ~!

と昔の人が言ったかどうかは知りませんが、ここは弥生時代。
じゃなかった、弥生時代のムラの跡。「むきばんだ遺跡」です。
「ぱんだ」じゃないよ、「ばんだ」だよ(現地に着くまで気がつき
ませんでしたが)。

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これは竪穴式住居です。むかし社会の教科書で名前を聞いたことが
あるような気がするのですが、こんな立派な家だったとはつゆ知ら
ず。

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このような遺溝と復元された建物が敷地内にいくつか展示されて
いました。それにしてもここは海を見下ろす小高い山の上。
弥生時代は稲作文化じゃなかったっけ?

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これはダニエル、いえ四隅突出型墳丘墓です。
ムラを統治する権力者が住んでいたのかもしれませんね。

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海へと続く階段を下りていくと高床式倉庫があるようです。
それにしても暑い!大部分の人たちはここで引き返すようです。
弓ヶ浜のむこうに見えているのが島根半島です。

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こんな藁葺きスタイルの竪穴式住居とか、

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風通しのよい丘のうえの高床式倉庫。見晴らしがとにかく最高
でしたが、熱射病になるかと思いました。やはり遺跡は涼しい
季節に行くべきだと思いました。

dc081926.jpg


さて遺跡を後にして一路日本海沿いを東進して倉吉へ。
とちゅうにはこんな風力発電の風車がたくさん並んでいます。
アメリカのパームスプリングスを思い出してしまいました。

このあと
倉吉へ行って、20世紀梨記念館に立ち寄りました。
これまで養蚕をしていた鳥取の人たちがどのようにして
梨栽培に取り組むようになったのか、その取り組みの中で
どのように困難に立ち向かっていたのか、などをジオラマ
や映画で学ぶことができました。200円で結構たのしめました。
梨の試食もありましたが、20世紀梨の出荷が9月からという
ことで残念ながらほかの種類の梨でした。

dc081936.jpg


その後、蒜山を抜けて(夕方はレストランがやっていないので
素通り)ふたたび大山まきばみるくの里へ。ここは禁煙なので
お気に入り。禁煙の札もかわいいです。

dc081937.jpg


こんもりと盛り上がったソフトクリームパフェ。これだけで
おなかいっぱいになってしまいました。外でソフトクリーム
もいいけれど、冷房の効いたレストランで座って食べるパフェも
なかなかいいかも。

この日もさみしい米子の部屋に泊まりました。
翌日はふたたび蒜山に立ち寄って朝食をとりました。

dc081945.jpg


むきばんだ遺跡で買ったバッグです。インド綿でできた素朴な
かんじのバッグに、顔つき四隅突出型墳丘墓の絵が付いています。
ちなみに貫頭衣も売っていました。
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