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2007年05月04日 (金) | Edit |
 きょうはテレビで東大寺の復元CGを見ました。
先日平等院へ行ったときに博物館で鳳凰堂の復元CGを見たときにも
感じたことなのですが、我々が築千年を超える建物を目の当たりに
したとき、目に映るものは「色褪せた姿」なんだな、というものです。
なんだ、当たり前のことを、と思われるかもしれませんね。

 東大寺の復元CGで描き出された伽藍の内部は、極彩色に金を添えた
華やかに彩られた空間であり、極楽浄土とはかくなるものであるという
演出にふさわしいものでした。当時の人々は、この空間を体験する
ためにわざわざ遠くから赴き、そして異次元とも感じられる空間によって
救済への憧れ、すなわち信仰心をかきたてられたのだと私は感じました。
 鳥取に行った時に遠くから見た投入堂は、古びた木材によって組まれた
建物でした。しかし当時は鮮やかな朱色であったことが現在はわかって
いるそうです。平等院もかつては朱色でした。現在では往年の姿を想像
したり、CGによって仮想的に復元することぐらいしかできません。

 しかしどうでしょう。きちんと往年の色に復元してみては。

と、ふっと感じたのでした。往年の色、絵、装飾。それらをきちんと
復元することで、往年の人々がそこへ何を感じて足を運んだのか、
建物を通じて当時の人々の心を知ることができるのではないかと
思ったのです。

 もちろんそのためには詳細な調査が必要でしょうし、失われた情報も
多いと思いますので、不確定なまま復元することには問題があるのかも
しれません。しかし、色褪せた現在の姿をその建物そのものとして認識
することは、それを建てた人々からすれば不本意なことではないか、
そう感じるのです。

 金閣寺は現在も補修されて金ぴかなのに、他の建物はどうして、と
不思議に思われたことはありませんか。現在の技術で復元できるものは
きちんと復元することでその建物がよろこんでくれるような、
そんな気がしてなりません。
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