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2006年03月06日 (月) | Edit |
最近映画には行っていないのですが、移動時間が多いので
読書が捗ります。というわけで、村上春樹作品、二作目。

 二作目でいきなり長編を手にとってしまったわけですが、
理由は新海誠氏のお気に入り、という点。
ふだんよりベストセラー、つまり世間の好みの傾向を本選びの基準
とは絶対にしないひーさんですが、やはり自分の波長と特に合った
方の好みからは何かしら得るものがあるだろう、という前向きな
姿勢の表れなのでしょう、おそらく。
 感想。ハテナマークでいっぱいです。謎を謎のまま残しておくという
傾向を、前回「国境の南、太陽の西」を読んだ際に学んだにもかかわらず
長編ではそんなことはないだろう、と期待していた点に後悔しました。
長くなったぶん、謎も増えてました。

 お話は、田村カフカ(仮名)という15歳の少年のエピソードと、
ナカタというひょんなことから猫と話ができるようになった老人の
エピソードを交互に出す形式です。カフカ少年は家出をして、高松
にある私立図書館へ行き、そこに住むことになります。ナカタさん
もまた、導かれるように高松へ。ナカタさんは「入り口の石」を開く
という使命を帯びていたようです。

 しかし、二人は決して出会うことはありませんでした。そこが意外
といえば意外ですが、あの世とこの世をむすぶあいまいな世界への
入り口を開くために人生の最後を賭けたという意味では、ナカタさん
は人生を全うできたといえるかもしれません。そして、カフカは
また一歩成長してゆくのです。

 15歳の佐伯さんが世話をしてくれる家。ずっとそこで生活して
ゆけばよいのに、と思われた方も多いのではないかと思います。
でも、作者は現実へと読者を引っ張ってゆきます。このあたりの
構成も「国境の南、太陽の西」と同じだな、と感じました。
読者にとって居心地の良い場面へ、そこがあたかも目的地であるよう
に時間をかけて物語を記述し、最後に急激に現実へと引き戻す。
読了後は、まるで夢から覚めたような感覚になるのです。

 さて。SFとして読むには納得します。子供達が集団昏倒する
事件の件では、ジュラルミンのような飛行物体、という記述でUFOもの
かと思わせておいて、実は子供に対する折檻の言い訳だった、という
あたりまではまぁ納得できるのですが、このエピソードには続きが
ありません。また「生き霊」なるものも出てきますし、最後に
星野氏が成敗したものはいったい何だったのでしょう?

 また記述がとても文学的です。メタファー、という単語が頻用
されているところからも、科学的というよりはむしろ観念的な概念
を世界に積極的に投射して、あたかも世界は観念によって支配されて
いるのであるという構図が見えてきます。森博嗣の作品に慣れている
自分にとっては対極的な存在である、という印象が深まりました。
理解するというよりも、その世界や雰囲気を楽しむといった種類の
作品ではないかと思います。ジョニー氏の件は気分が悪くなりましたが。

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